(有)耕木社さんの鴨川上棟
彼と出会ったのは15歳の時だよな?
楽山の立鉋48mmだったかな?を買っていき、翌日にはヒョウタン裏に…。
当時の彼には研ぎという知識がなく、唯一頼れるのが店主のみだったこともあって毎日やってきたよね(笑)。
それからは研ぎの基本から教えていき、砥石の使い方や特長、鉋の使い方などなど教えて…日に日に上達していくんだけど、習得するスピードが早い早い↑すぐに店主も抜かれましたw
そして、思い切って削ろう会に参加させて三木大会が初参加だったよね、初削りは岩国だったかな?そして15回厚木大会の時に当社オリジナルの「石堂 ミガキヤバネ鉋(逸品)」で、見事な5ミクロンを記録したんだよな!あの時の鉋華は大切に取ってあるぜ!
こいつマジでスゲェ〜大工になるわって思っていた時に…車の免許を取得したこともあり〜の多少?道を外したんだよな!
俺は何も言わなかったよな、それは遊ぶ時は遊びを楽しませてやるぜ!くらいに考えていたからだよ。人間多少は一度、脱線した方が意外と自分自身に気づくことが多いのよね。
そして自らの道に悩み始めた時に初めてアドバイスしたよな、ライバルでもあった太一君は奈良(宮村棟梁)で頑張ってるぞ、今の親方の事も大切かもしれないけど他をみるのも勉強だよってな!
時同じくして新潟の削ろう会で阿保氏(耕木社代表)に、16歳からずっと気にしていたこと、途中駄目かと感じたこと、今までの全てを言われて「男泣き」したことで自分の歩む道を決意できたんだよな。
「Showing up」まずはそこへ立て!と言う言葉があるけど…彼は15歳で削ろう会という場所へ立ち、全国レベルの技をみて技術を習得し、悩んで悩んで…また新たな一歩を踏み出せた時に大きな成長をつかんだんだよね。
そして今また新たな「Showing up」!おめでとう6月30日 鴨川上棟!
現場責任者という舞台に立つことができて心から嬉しいぜ(涙)
まだ、一歩を踏み出しただけだ…そんな彼に「Doing More With Less」と言う言葉を贈る。この言葉の意味を理解できた時、新たなステージが始まると想っている……そして立派な棟梁になっている…。
【栃木の一人親方の大工さんの「国慶 追入れ鑿 黒裏センスキ仕上」】
話題のミーハーな鑿との違いわかりますか(爆)
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